2008年、及び幼いころを振り返ってみたり。

▲左は従兄弟、この頃から適いません。

2008年。

今年は自分自身の転職活動やメンバーさんそれぞれ諸々の事情により、Team BAITでの釣行はちょいと減りましたが。

何人か巻き込みつつ邁進した相模湖修行では、偶然ながらも2回程ステキな結果に遭遇。


[ 1 ][ 2 ]

更には夢の大遠征、9月の琵琶湖大集合にも参加でき。
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釣行数そのものは少なかったようにも思いますが、ワタクシ自身にとってナカナカ大きな「変革」の年になりました。

特に前述した琵琶湖への大遠征。

マイカーを持たず、尚且つ転職直後だったワタクシにとって(ある意味問題アリですが)。

こういう魅力的且つ強烈なお誘いがない限り、絶対に実現しなかったでしょう。

で。

いざ行ってみたら、代表クラスのメンバーが揃い踏みというステキな状況。

「大いなる緊張」と「多少の疲れ」、更に自分の「段取りの悪さ」で参加された皆さまにはご迷惑をおかけしましたが。

大袈裟に聞こえるかもですが、あの数日で自分の中で何かが変わった気がいたします。

相変わらず上手く言えませんが、兎に角「感謝」の一言。

また来年このような機会があれば、何としても調整してフル参戦させて頂く所存です。

さてさてさて。

話は変わりますが、今年はもう一つ、大きな出来事がありました。

ちょっとだけ、すみません。

☆流石にこの時は。

☆鰻は食べれませんでした。

12月13日。

母方の祖父とのお別れをしに、浜松に行ってきました。

享年92歳の大往生。

特に苦しむことなく、本当に眠るようにとのことだったのが救いと言うか。

何にせよ、色々と思い返すことが多過ぎて。

えっと。

ワタクシには2歳年上の姉がいたのですが。

幼少の頃から病弱で、入退院を繰り返しておりました。

そのため、夏休みともなれば妹共々親元を離れ祖父母と叔父夫婦の住む浜松に行くのが通例になっていて。

一時期はそちらの学校に通ったりもしておりました。

そこで教えて貰ったのが、今も続いている「釣り」という遊び。

祖父母と同居している叔父夫婦には、ワタクシと同い年の従兄弟(現在某釣り具量販店に勤務:素直でステキ♪)がいるのですが。

2人して浜名湖を中心に色々と連れて行って貰ったわけです。

釣りなら最悪一人でも楽しめますし。

実家に戻っても、父親が現場までクルマで送って数時間後回収しにくるというスタイルを確立しやすいということだったようですが。

あぁ、思い出した。

千葉に住んでた頃のホームグランドは、全国で3本の指に入る汚さを誇っていた手賀沼。

その頃から釣れない釣りを、めいいっぱい堪能しておりました。

故に浜松は、時折ホームシックに陥りつつもナンダカンダでパラダイス♪

少なくとも何かしらは釣れましたからね。

そうそう、あと。

更に幼い頃(多分3、4歳くらい)、家族で浜名湖名物「タキヤ漁(夜に船で行う蟹とかを突く漁)」を体験しに行った際。

暗がりの中、なぜか勝手に海に入りズンズン沖に向かって歩いて行ったワタクシを助けてくれたのがこの祖父。

当時の記憶は残ってはいないのですが。

もしかしたらこの時点で、人生の幕が閉じていたのかもとか思うと、、、。

無論、これだけじゃないのですが。

兎に角8人いる孫の中で、最も世話を掛けまくったのがこのワタクシ。

そんなこんなで。

仕事も遊びも、一掃励んでいこうかなと。

まぁ、「適当」且つ「ユルユル」なところはナカナカ変わらないと思いますが。

何はともあれ、来年もまたよろしくお願い致します。

とりあえず、とりあえず。

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